環境ストレスと植物の生態成長
− 発芽・発根過程にみられるアレロパシー −
1. はじめに
クルミの木陰でトマトがよく育たないことや1),アカマツの下には雑草が生えにくいことなどは2),根や葉から分泌される特定の化学物質のために引き起こされており,
そのような現象を他感作用(Allelopathy )という.また,このような特定の化学物質に限らずとも,植物は生長に伴って根から糖や有機酸などの様々な化学物質を分泌し2,.3),多かれ少なかれ互いに影響を及ぼし合って生長している.このように,植物が集団で生長する場合,
その生長ダイナミクスは個体とは異なったものになる.この他感作用は植物の栄養生長期に顕著に見られるもので,発芽・発根期には,このような多様な化学物質の分泌は行われず,より簡単なメカニズムで相互作用していると推測される.
特に,発芽・発根期の集団生長では植物ホルモンの拡散を通して生じる個体間相互作用が,大きな役割を果たしていると考えている.この考えを基に,著者らは基本的な実験によって反応拡散系の数理的モデルを構築し,
そのモデルによって実際の集団成長を理解しようと試みている.このような集団生長パターンを決定しているメカニズムが解明されれば,例えば,最大収量を生む種子配列パターンの決定や,最適な肥料の散布法,
また生育差を最小に押さえた栽培など,より細かな生長コントロールが可能となり,これから遺伝子工学で開発されるであろう機能性植物の最適育成や露地栽培,ハウス栽培のみならず,近年注目されている植物工場や林業,砂防といった分野への技術転用も期待される.
このような観点から,著者らはこれまで,植物の生長(アズキ種子の根の伸長)とそれに伴って放出される生物フォトン放射の関係4),またそれらに対する植物ホルモンの効果を研究し,その結果,植物の生長がロジスティック方程式に従うことや,
ホルモンの分泌が時間的に変動することなどを明らかにした5).それと同時に集団生長に関して,1)拡散の効果を制御できる培地中で植物を生育し,その生長ダイナミクスを調べ,なんらかの化学物質の拡散が植物間の相互作用を伝える媒体になっていることを確認し,
さらに2)植物ホルモンを空間的に定点投与して拡散させたときに,植物の生長パターンがどのように変化して行くのかを実験的に調べることも同時に行った.今回,それら集団生長の実験の結果から我々がこれまでの研究6),7)では見い出せなかった新しい知見が得られたので,それらの実験結果ならびに定性的ではあるが新しいモデルについて報告する.
2. 実験
幼初期における根の生長は胚乳からの養分でのみまかなわれているため,養分の取り合いといった競合の効果を排除できる.そして,暗室下では胚乳の養分を使い切った時点で種子は生長を止める.これらを念頭に実験的な詳細を以下に述べる.
2.1 試料
本研究では試料として大納言秋アズキ(学名
Phaseolus angularis 中原採取場産)を採用した.また,種子間の個体差をできるだけ小さくするため,3000個の中から標準偏差内の重量を持つ種子を測定に用いた.種子は温度35℃,湿度95%で24時間給水(給水終了時を以後の生長の基点(0時)としている)させた後,温度28℃,湿度82%で生育させた.給水終了時から24時間経過後,発芽を確認した種子のみ生育バットから集団生育槽(図−1)へ移した.
図−1 2次元配列の種子生育槽.
12時間毎に根の長さ(L)を計測する.
2.2 生育条件
拡散の係数,個体間相互作用距離,ホルモン投与効果をそれぞれパラメターとして生育し.12時間ごとに根の長さ(L)を計測した.この際の生育条件は表−1に示している.なお,生育は全て暗黒下,温度(28℃),湿度(82%)の条件で,また測定時も光合成が起こらない暗緑色光下で行っている.
表−1 生育条件
3. 結果と考察
3.1 拡散の効果
(a) 結果
図−2は拡散条件を変えて得られた生長パターンである.a,b,cはそれぞれ,生育条件1,2,3に対応している.拡散速度が遅くなる(拡散速度
D1>D2>D3)につれて成長の良い(根の長い)種子がクラスターをつくる傾向が強くなっている.各条件下における平均長LiはL1<L2<L3の順に大きくなった. なお,根の成長の時間発展を見ると,2〜3個の小規模なクラスターが発生し,それらが結合して,最終的なパターンが形成された.生育条件4の様に種子間隔の縦方向を1.5倍に変えて(縦:30mm 横:20mm)同様の実験を行うと,クラスターは格子間距離の狭い方に比較的強く形成される傾向が観測された(図−3).
図−2 拡散条件による生長パターンの変化 図−3 個体間相互作用距離を変えた
a:攪拌,b:静水,c:寒天培地(0.6%)に対応してい (縦:30mm 横:20mm)ときに生じた生長パターン
暗色部が生長の良いところ(根が長い)を表している.
(b) 考察
実験結果から得られる事実として,拡散速度が遅いほどクラスター化する傾向が見られる.またその傾向は種子間距離が狭くなると強くなる.この現象は生長促進物質と生長阻害物質の拡散を考える上で次のように推論できる.
生長促進物質の作用について考えると,促進物質の拡散は,それを分泌した種子内の促進物質濃度の低下と生育培地における促進物質濃度の相対的上昇を意味する.前者による成長阻害効果と後者による成長促進効果とのバランスで全体生長に対する効果が決まるものと考えられる.したがって,拡散が大きい場合には前者の効果が強く現れたが,後者の効果は促進物質が空間全体に希釈されてたことにより弱められたと推測される.それに反して,拡散が小さい場合は前者の効果が抑えられ,後者の効果が強く現れたと考えられる.特に,その効果は,種子間隔が小さいほど強く,その結果としてクラスター化が進んだと考えられる.
次に,生長阻害物質の作用について考えると,解釈は逆になる.すなわち,阻害物質の拡散は,それを分泌した種子内の阻害物質濃度の低下と,生育培地の阻害物質濃度の上昇も意味する.したがって,拡散が大きい場合には生長に有利に作用し,拡散が小さい場合生長に不利に働くことになる.これは実験結果に反するように感じられるが,これについては次の1)〜3)の可能性が示唆される.すなわち,発芽・発根期においては,1)種子から阻害物質はほとんど放出されない,2)促進物質,阻害物質の失活時間に差が存在する,3)促進・阻害物質に対する種子への効果が時間的に変動する,という推論である.
1)は上述した促進物質の効果のみが現れている状態である.2)に関しては,例えば,促進物質,阻害物質の失活時間がtA>tI(ここでtA:促進物質失活時間;tI:阻害物質失活時間である.)であるとすると,拡散が大きいと,失活する前に阻害物質が全体に行き渡り,結果として全体生長は悪くなる.また拡散が小さい場合,阻害物質は近接種子に到達する前に失活し,結果として失活時間の長い促進物質の効果が強く現れたと考えられる.このことは,我々が促進物質,阻害物質としてそれぞれ想定したジベレリン(GA),アブシジン酸(ABA)の失活時間の関係tGA>tABA(ABAはGAに比べ速く失活する)とも一致する.最後に,3)に関して,この仮定の根拠として,例えば阻害物質による影響は時間的に変動すると考えられる.すなわち,自分の生長が活発なときには種子は盛んに阻害物質を排出し,その量は他から拡散してくる量よりも非常に大きいと考えられる.また,自分が大量の物質を分泌している時期にはその物質に対する感受性も小さくなっていると思われる.そのため,その時期における種子は他者の影響を受けづらいと考えるのが妥当であろう.逆に,植物の生長が緩慢なときにはあまり分泌物を出しておらず,他者の影響を受けやすくなっていると考えられる.
このような仮定に基づくと,阻害物質が周囲に速く拡散されると,分泌物に対し敏感な時期にある種子が生長阻害の効果を強く受け,結果として全体の生長は悪くなり,また拡散が遅い場合には阻害物質が到達したときには種子がそれに対し敏感であった時期を過ぎてしまったため,生長阻害の効果をさほど受けず全体の生長がよくなったと考えられる.
もちろん,このような議論は促進物質についても可能であり,全体的な生長促進の効果は促進物質と阻害物質との失活時間の差によって強められている可能性もある.しかし,このような定性的な議論のみでは促進物質と阻害物質がどのように種子の生長に働いているのかを決定することは現状では難しい.また,促進物質と阻害物質を測定から同定することも現在の技術ではほぼ不可能である.そこで我々は,今後,促進・阻害物質として働いている植物ホルモンについて得られた基礎的な成果をベースに計算機シミュレーションによってそのダイナミクスを明らかにする方法を考えている.
(1次元)1次元状に種子を配した場合の結果を図−4(1)に示す.図中の×印に測定毎にホルモンを投与した.横軸は種子の位置,縦軸は経過時間(最終時間168時),濃淡が根の長さを表している.同様の実験を5〜6回行い,それらを加算した結果を示す(図−4(2)).ABA投与の場合,投与点はまったく生長していないが,その少し離れた近辺ではホルモンを投与しない場合に比べて生長が促進されている.一方,ホルモン無投与のサンプルはホルモン投与に比べて空間的な偏りが小さい.オーキシン(IAA)ではホルモン無投与のものと有為な差は認められなかった.なお,ホルモン無し,ABA,IAA投与のすべてにおいて端の生長が悪いのが観測された.
図−4 ホルモン投与による生長パターンの変化(1次元)
a:ホルモン無投与,b:ABA
1×10-4M,c:IAA 1×10-6M
それぞれの濃度のホルモンを測定毎(12時間毎)に3mlずつ定点(▼の位置)投与した.
縦軸は時間,横軸は位置,濃淡が根の長さ(暗いほど根が長い),
図の添え字(-1,-2)はそれぞれ1回の実験結果,数回の実験結果の総和を表している.
なお生育培地にはすべて寒天(0.6\%)を使用した.
(2次元)クラスター化がより強調されると期待される2次元配置の結果が図−5である.ジベレリン(GA)を投与した場合,ホルモン無投与の場合に比べ,比較的生長の良い種子(根長が15mm以上−図中に輝点で示す)が多く,一様に生長が促進されている.また,アブシジン酸(ABA)を投与した場合,投与点の種子はまったく生長しないが,そのまわりは生長が促進される.この結果,生長のよい種子の総数はホルモン無投与に比べて増え,総平均として生長が良くなっている.これに対して,オーキシン(IAA)を投与した場合,ホルモン無投与と比べて有為な差は観測されなかった.また,これら3種のホルモンに対して,生長の良かった種子の平均長を比較するとABAが若干成長速度を速めていることが認められた(図−6).
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3.3 集団成長の方程式
以上で明らかなように,定性的な議論だけではダイナミクスを明らかにするのは難しい.我々はこれまで,根の生長がロジスティック方程式で記述されること,またその方程式を特徴づけている2係数はホルモン濃度の関数であること,ホルモンは主として養分輸送阻害係数に作用することをふまえ,GAを生長促進物質,ABAを生長阻害物質とし,反応拡散系として集団生長のモデル方程式を提案し数値実験を行ってきた.しかしながら,そこではホルモン感受率の時間的変化といった新しい因子が入っていなかったためにその計算からはABAに観測されたような生長促進的なパターンを得ることはできなかった.しかし,ホルモン感受率が発芽初期と十分成長した植物とでは大きく違うであろうという推測は十分妥当であり,今後,それらの効果も合わせてこの式のパラメータを実験結果にフィットさせることを試みる予定である.そして,この観点からさらに実験とシミュレーションとの両面にわたった定量的議論を進める予定である.
4. まとめ
今回は特にホルモンの効果を顕著に見るため,ホルモンを外生的に投与する実験を行った.その結果,生長パターンが大きく変わり,ホルモンがパターン形成の相互作用に関与していることが示唆された.しかし,植物が実際に生体内で合成するホルモンの量がそれよりもはるかに微量であると考えられる上に,自然界の植生パターンは,ここで取り上げた相互作用の他に,養分や日照などの奪い合いによる競合効果,さらに,種の違いや同種間においても個体差といった効果などが複雑に絡んでくる.それらが自然生長下ではどのような比重で関わっているのか,実験室内におけるよく制御された基礎実験によって明らかにして行き,それらが集団としてどのように作用し,自らの生育環境を構築して行くのかを解明する予定である.
5. 謝辞
本研究は文部省科学研究費補助金萌芽的研究(2)課題番号09878108の一部として行ったものである.
参考文献
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3) H. Borner: Bot. Rev., 26(1960) 393-424.
4) S. Kai, T. Mitani, M. Fujikawa: Physica A, 210 (1994) 391-402.
5) S. Kai, T. Ohya, K. Moriya, T. Fujimoto:
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6) T. OHYA, H. KURASHIG and S. KAI: Model. Chem., 153 (1998) 371-380.
7) T. Ohya and S. Kai: Proc. 11th Sympo. Bio. Physiol. Eng.,(1996)157-160.
8) J. A. D. Zeevaart and R. A. Creelman:
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