2.モデル方程式とホルモン感受率
2.1ホルモン依存生長モデル
モデルを構築するために, 種子の発芽・発根期における生長について次の仮定をする.
(2) 細胞分裂と細胞伸長は根の先端のみで起こり,太さは途中で変化しない.
(3) 根の生長は1次元的であるとする(側根は考慮しない).
(4) このような仮定が成り立つ場合, 位置r, 時間tにおける根の長さL(r,t)はロジスティック方程式
に従い, それは実際のアズキの根の生長をよく説明することは既に報告した9).
さらに実験9),10),12)から得られた知見を基に,次の仮定を導入する.
(4) 発芽・発根期における生長は植物ホルモンのみの支配を受け,それはロジスティック方程式の変数a,
bにのみ作用する.
(5) 生長に促進的と抑制的に働く2つの植物ホルモンのみが作用する(各GA3(促進的)とABA(抑制的)のみを考慮する).
(6) 生長に促進的と抑制的に働く植物ホルモンはそれぞれ根の生長の加速度と速度に比例して分泌される(バイオフォトンの放出と植物ホルモンの分泌には相関があ
るという実験事実からの仮定).
(7) 根の生長に対する植物ホルモンの効果は生長段階に従って変化する.
実験結果より ,a ,b は成長促進ホルモンの濃度A (r,t), と抑制ホルモンの濃度B (r,t)の関数である. a のホルモン濃度依存性は小さいので, 以下では定数とする.こうしてa, b は次のように書き表せる.
ここで,b0は定数であり,bA (A),bB (B) は,A, B が1.0 × 10-10[M]から1.0 × 10-4[M]のときには,
である, またbA(A < 1.0×10-10)=bA(1.0×10-10),bA(A > 1.0×10-4)=bA(1.0×10-4), またbB(B)も同様とする. 次にホルモンの拡散による個体間相互作用を次のように表す.
ここで,f (r) は種子の分布関数, dA とdB は各ホルモンの拡散係数,c とcB は失活係数, sA とsB はホルモンの分泌係数で全て正の値である. なお,
H (z) は, z < 0でH (z) = 0, z > 0でH (z) = 1を満たす階段関数である.
3.数値シュミレーション
以下では式(5) -(7)を用い, ホルモンに依存して集団生長がどのように影響を受けるかを調べる.
まず, 実験結果より変数cA , cB , dA, dB, sA, sB, b0, κA , κB, τA, τB, TA, TB とt1/2, L0, X0 の値を決定する. ホルモンの化学的活性度を考慮して失活係数cA はcB> より一桁小さく, cA =1.0 × 10-3, cB =1.0 × 10-2 とする. また, 種子の生長は2種類のホルモンが拮抗してなされると考えられるので分泌は同程度になるように,
sA = sB=1.5 × 102とする. ホルモン濃度Z0の際の根の最終長は平均してL0 =15[mm]になるので, b0 =2.283 × 10-3 [(mm ・ h)-1]である. また生長曲線から根の長さが最終長L∞の半分になる時間をt1/2 =100[h]とする. また, X0として実験における種子間隔20[mm]を選ぶ.
3.1 空間的ホルモン分布を与えた場合
ここではホルモンを与えた実験2)と比較する. 式(7)においてχa =χb =1.0とし, ホルモンを与えた実験を再現するため,
ホルモン濃度分布を時間的に一定とし, 1次元で考える.
また, 根の初期値を,
とし, 分布関数f(x) を図-1(a)のように不連続関数とする. 以上の条件で,
ホルモン濃度A(x) を図-1(b), B(x) =1.0とした場合, 根の最終長の分布は凸型(図-1(c))となる.
一方, A(x) とB(x) の分布関数を取り替えた場合, 根の最終長の分布は凹型(図-1(d))となる.
この様な数値計算の結果は実験結果とよく一致し,
空間的ホルモン濃度の分布が特徴的な生長パターンの原因となることをモデルから明らかにすることできた.
図-1 空間的に固定されたホルモン濃度分布下の生長
(a) 種子分布関数 f(x)
(b) ホルモン濃度分布 A(x), (B(x) =1.0)
(c) 根の最終長の分布 L∞(x)
(d) 根の最終長の分布 L∞(x)
3.2 ホルモンの拡散速度の効果
この節では一定の感受率(即ち式(7)においてχa =χb =1.0の場合)での検討を行う. ある1つの種子からホルモンが分泌され,
周囲の他の種子へ拡散し影響する場合を考える.
初期条件として
を与える.
(a) 促進・抑制両ホルモンの拡散速度が同程度の場合
今我々が植物ホルモンとして想定しているGA3とABAは, さほど分子量が違わないので, 水や寒天培地中での拡散係数も同じオーダーであろう.
しかし, 実際にはホルモン作用点までの拡散が重要であり,
これを考慮すれば, 植物中ではチャネルのような機構で運ばれるので,
溶媒中の拡散係数とは大きく異なったものとなる.
ここでは, まずdAとdBを1.0とする. このとき, 単独の種子の生長曲線は図-2となり,
ロジスティック曲線によく一致する.次に, 集団の効果を調べるため,
分布関数f(x) を図−3(a) のような階段関数とする. 中央の位置での生長曲線L(l/2,t)(l は全体の長さ)は図−3(b) のようにロジスティック曲線となる. しかし,
最終長は単独に植えた場合(1.0)に比べてやや短くなり,
集団の効果が現れている. 促進ホルモンの寿命は抑制ホルモンに比べて長いが,
初期を除いて抑制ホルモンの濃度が大きくなっていることが分かる(図−3(c)). また, 根の最終長の分布は図−3(d ) のように空間的に一様となる.
図−2 単独の種子の生長曲線. 実線は式(7)-(6)とdA =dB =1.0を用いて計算したL(t), 波線はa=2.533, b=2.558のロジスティック曲線. |
図−3 1次元での集団生長(dA =dB =1.0)
(a) 種子分布関数f(x)
(b) 培地中心での生長曲線(実線は計算結果L(l/2,t), 波線はa =2.648, b =2.830のロジスティック曲線)
(c) 培地中心でのホルモン濃度の時間変化(実線はA (l/2,t), 波線はB (l/2,t)を表す)
(d) 根の最終長の分布L(x)
図−5 抑制ホルモンで拡散係数が小さい場合(dA = 10.0, dB = 1.0 × 10-2). 種子の分布関数は図−3(a)
(a) 培地中心における生長曲線(実線は計算結果L(l/2,t), 波線はa =2.648, b =3.061のロジスティック曲線)
(b) 培地中心におけるホルモン濃度の時間変化(実線はA(l/2,t), 波線はB(l/2,t)を表す)
(c) 根の最終長の分布L∞ (x)
次に図−6(a) のように種子の分布関数f(x) を連続なものにする. この場合にも根の最終長の分布は拡散係数dA とdB に依存したものとなる. もしdA がdB に比べてかなり小さい場合, 根の密度が高い場所にある種子の生長は良くなる(図−6(b)-(i)参照).
一方, dBがdAに比べてかなり小さい場合, 自己間引き作用によって根の密度が低い場所で生長が良くなる(図−6(b)-(ii)参照).
このような結果から, 根の最終長の分布は種子の分布と,
促進と抑制ホルモンの拡散係数の違いに依存して変わることが分かる.
実験においても拡散係数が小さい方がクラスター化の傾向が大きく,
計算の結果と一致している.
図−6 連続分布の場合
(a) 種子分布関数f(x)
(b) 根の最終長の分布L∞ (x)
(i) dA = 1.0 × 10-2, dB = 10.0
(ii) dA = 10.0, dB = 1.0 × 10-2
次に生長段階に依存して変化するホルモン感受率が集団生長においてどの様な影響を及ぼすかを検討する.
種子の個体差を導入するため, 生長速度に相当する変数aの初期値に乱数ξ(r), |ξ(r)|/a0〜 σ/W 〜 0.13, のバラツキを与える. ここでWとσは, 実験時の種子の平均重量とその標準偏差で,
a のバラツキ度を実験における重量のバラツキ度と同程度に設定した.
こうして式(7)中のa は次式(14)で与えられる.
まず, 1次元においてκA =κB =0.0の場合, ホルモン感受率は一定となり,
初期値としてaにバラツキを与えても根の最終長のバラツキは小さくなる(図−9(a)参照).
一方, κA ≠κB ≠ 0.0とした場合, 初期の生長速度のバラツキはホルモンの感受率が大きいために増幅され,
根の最終長におけるバラツキは十倍にもなる図−9(b)参照).
この様な初期のバラツキの増幅は促進・抑制の両方で起こる.
すなわち, χbA (A)もχbB (B)も大きい場合, χbA (A)は生長促進をさらに助長し, χbB (B)は抑制する. したがって, 種子の置かれる状況,
すなわちモデルでは変数の違いによって最終的な状況は大きく変わる.
ここで行った1次元系では, χbB (B)の効果が支配的であり, 初期に生長速度が大きい種子は抑制ホルモンを多く分泌し,
根の最終長は短くなった.
図−9 生長段階に依存する感受率の影響(種子の分布関数は図−3(a),
dA = dB =1.0 × 10-2, TA =TB =2.0, τA =τB =1.0 × 10-1)
(a) κA =κB = 0.0 (χa =χb =1.0)
(b) κA =κB = 5.0 × 10-7
次に2次元においてκA =κB =0.0の場合, 生長の良い種子の分布はほぼ一様で,
格別にクラスターは形成されていない(図−10(a)参照).
しかし, κA ≠κB ≠0.0においては, 生長の良い種子は局在化し,
明らかにクラスターを形成している(図−10(b)参照).
この2次元系ではχb(A)の効果が支配的となり, 初期に成長のよい種子の方が最終長も大きくなる傾向があった.
そして, ここで得られた集団生長のパターンは実験で得られたものと非常によく似ている.
我々のモデルによって示されたように, 系が持つ不安定性によって,
初期の小さな個体差がホルモン分泌時期の差によって増幅され大きな相違として現れることが明らかになった.
この様なダイナミクスは結晶成長においても知られており,
初期のランダムな核生成に内在する不安定性によってクラスターの形成や巨視的パターンが生じる.
これは競合成長モデルと呼ばれている.
図−10 根の最終長が大きい所の分布(生長段階に依存する感受率の影響)
種子の分布関数は図−7(a), dA =dB =2.5 × 10-4, TA =1.0, TB =2.0, τA =τB =1.25 × 10-1
(a) κA = κB = 0.0. (χa = χb = 1.0)
(b) κA = 2.0 × 10-5, κB = 2.0 × 10-6