ピカチューと脳のダイナミクス
1997年12月16日、「ポケットモンスター」第38話を見ていた子供たちの気分が突然悪くなったり、中には病院に運ばれる子供もいたという、
いわゆる「ポケモン騒動」が発生しました。発生時刻がおおよそ午後6時50分付近に集中しており、
その時間帯に流れた映像表現と事件とに関わりがあると考えられました。
その映像表現とは下図のようなパターンが数秒にわたって繰り返され、通称「パカパカ」と呼ばれる透過光を利用した手法であります。
このような強烈に青や赤に明滅する光により「てんかん」様の症状を発生、
さらに光感受性を強く有する子供たちが特に大きな影響を受けたと考えられています(PSE:光感受性てんかん)。
http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/housou/980406j702.htmlに「放送と視聴覚機能に関する検討会中間報告」が掲載されておりますので興味ある方は
併せてご覧ください。また、事件翌日の新聞報道を載せておきます。
1フレーム取り込み
この事件の原因については医学系や映像の専門家が多数参加され、討議が長く行われていました。
それらのまとめとして臨床研究班班長の山内俊雄先生の報告が以下にあります。
「光感受性発作の諸問題/特に『ポケットモンスター』による健康被害について」
日本医師会雑誌 The journal of the Japan medical association
第120巻・第11号、1611〜1615頁(平成10年12月1日)
しかしながら先に述べましたような原因理解だけでは総てが氷解したという訳ではないようです。それは、発作を起こした患者の中に
・PSEではないが、医学検査で光刺激による脳波に反応だけが現れる(PPR)グループ
・PSEでなく光刺激による脳波の反応もないグループ
が含まれていたからです。つまり全くの正常者であるにも関わらず、てんかん様発作が映像により誘発されたということです。
当研究室では正常者に対し間欠光刺激を付加すると脳波がその刺激周波数に一致するようになるという「脳波の引き込み現象」を研究しています。
ちなみに、これまでの所、光刺激により気分が悪くなった被験者はいませんのでご安心を...。
その研究から得られた知見を元に、この事件を考えてみたいと思います。断っておきますが、主な原因は光感受性てんかんであろうと思います。
この光感受性を助長させた要因について述べたいと思います。
まずはこの映像表現について考えてみます。
明滅パターンは上図に示されているように[暗色-赤-青-赤-暗色]を1組としてこれが数秒間にわたり繰り返されています。
青画面はきちんと6Hz周期で現れていますが、赤画面は約12Hz(正確な12Hzは2.5フレームに1回)周期と赤画面の提示には揺らぎが存在します。
また、ヒトの目には残像効果がありますので実際の映像を見ますと(!!キャプチャーした小さな映像を見ました。
ビデオも有しておりますが怖くて怖くて...)、青-赤のパターンは時に白色と知覚されます。
このように単純なパターンでも受け手のヒトにとっては、この映像は6Hz刺激を主として様々なファクターを含んでいると理解できます。
さらにメディア(TV)について考えます。この事件以前にもTVゲームで同様の事件が発生して問題になったことがありました。
つまりこれらの事件はTVを介して発生しています。映画館で集団光感受性てんかんが発生したという例は余り聞いたことがありません。
TVというメディアにこの事件の一因があるのでは...と思われます。TVは1秒間30フレームで構成されています。
しかし飛越走査を行っているため実質60フィールド走査を行っています。ところでヒトはどのくらいまでの光刺激周波数に応答できるのでしょうか。
一般的には60Hz前後です。それは今ご覧のコンピュータディスプレイ(CRT)のリフレッシュレートを60Hzにすると画面がちらついて見え、
簡単に実験できます(リフレッシュレートの変更法が分からない方は行わないでください)。また、アーケード・ゲームで目に痛みを感じたことはありませんか?
実映像では残像効果等により知覚はできませんが、アニメーションのような単色映像では60フィールド走査はヒトが十分に知覚可能なのです。
さらに色に依存しますので、今回のポケモン映像の場合、フィールドの知覚には色によりそれぞれ変化があったと考えられます。
つまり、先に述べた様々なファクターとこのフィールド知覚がノイズとしてヒトに働きかけたと理解できます。
近年、確率共鳴現象に注目がされています。これは適度なノイズがセンサーの感度を助長させる現象で、種々の動物の感覚系で見つかっています。
最も有名な例はザリガニの尾にある感覚細胞の例で、
ザリガニが水流の中で餌を見つけたり捕食者を検知できるのは水流が適度なノイズとして感覚細胞の検知能力を増強するという確率共鳴現象のおかげであると
報告されています。
私たちはこのような確率共鳴現象がヒトの感覚知覚系にも存在するであろうと考えております。
つまり、TVの輝度は20cd/m2〜と脳波の医学検査等で用いられる光刺激装置(数千cd/m2)と比べて遙かに弱いのですが、
このような比較的弱い刺激の明滅パターンであっても適度なノイズによって強い刺激と知覚されたのだろうと推測しております。
さらに刺激周波数が6Hz・12Hzと覚醒時の脳波周波数に近かったためにてんかん様状況に至ったと考えます。
ヒトの視覚系は非常に複雑です。大脳皮質の1/3〜1/4は何らかの形で視覚系に関係していると言われています。
上記の考えはポケモン現象の一考察に過ぎません。様々な観点からの研究が必要なのです。
現在、当研究室ではヒトの感覚系(視覚)における確率共鳴現象について研究を進めています。まだまだ成果はあがっておりません。
これまでの簡単な研究内容につきましてご興味ある方は以下のPDFファイルをご覧ください。また、問題部分の映像を載せています。注意を良く読んでください。
また、キャラクターが出ていますので版権に関わる場合はすぐに削除いたしますのでご連絡ください。
光環境刺激に対する脳波のダイナミクス)
(AVIファイルです)