バイオフォトンと環境制御



環境応答とバイオフォトン
 植物は根によって地面に固定されているため自由に移動することができない。 したがって、植物にとって、現在生育している環境の変化について行けなくなるということは「死」を意味する。 そのため、植物は動物には見られない高度な環境適応能力を備えている。
例えば、塩(NaCl)ストレスを被った植物内部では種々の生理・形態的な変化が引き起こされる。 すなわち、気孔の閉鎖や、茎の木化、葉の矮小化や落葉などにより内水分の消失を防ぎ、それと同時に、細胞内脱水による酵素失活や膜の融合、 ナトリウムイオン濃度の上昇、活性酸素による生体分子修飾などを防ぐため糖やアミノ酸を初めとする様々な物質が遺伝子により発現される。 しかしながら、被ったストレス強度によっては光合成率の低下や成長停止、場合によっては枯死といった事態を招く。ところで、 このようにストレスによって引き起こされる様々な生理的な変化を簡単かつ定量的に検出する方法はないものだろうか?  その候補として我々は「生物フォトン」と呼ばれている生理シグナルに注目した。
 バイオフォトンとは、生命活動に付随した生化学反応の余剰エネルギーが可視〜近赤外の電磁波として外部に放出された現象である。 そのため生物に普遍的に見出されるが、その発光強度は、ホタルやクラゲ、 夜光虫といった読者になじみの深い特定生物の発光現象と比べ、10万分の1以下と格段に弱く、肉眼で捉えることは不可能である(図1)。

                      図1.生物フォトンの発光強度



そこで、我々は光電子増倍機能を持つPM(photomultiplier tube)やMCP(micro channel palte)など極めて高感度のシステム(高価です)を使用し、 バイオフォトンの起源と、それより得られる情報を探っている。
 ここで、バイオフォトンの発生過程に関して2、3補足しておく。 原理上、生体内で起こる全ての発エルゴン反応(自由エネルギーの現象を伴う反応)がそれの起源となりうるわけだが、 特にその発光は活性酸素の発生と密接に関係していることが生化学的研究から示されている。 細胞内ではミトコンドリアの呼吸作用で活性酸素が生じる。このことは、発光強度が細胞のエネルギー代謝や活性、 さらには生物の成長やその生理状態に深く関与していることを意味している。 このため、バイオフォトン放射の強度やその空間分布および時間的な変動の研究が、その生長ダイナミックスの計測・制御、植物の環境応答、 生長機構の解明に重要と考えられる。例えば、細胞分裂時にフォトン放射が強くなること、環境ストレスが加わると強くなることなどが分かってきた。
 この環境ストレスに由来した遺伝子発現に関する研究は近年始まったばかりで、 的確な遺伝子発現を解析するためには環境条件の適切・正確な設定と精密な生体計測がなされない限り、 どのような環境変動に対してどのような生理代謝反応が起こったかの因果関係を決定することが難しいといえる。 そのため良く制御された実験室での基礎的な環境応答と生体計測が必要不可欠で、 ここで使われたバイオフォトンがその新しい生体計測技術の一つとして大変有望である。
 未来の新しい計測手段としてのバイオフォトンの情報解析を行うため、生物フォトンと植物の生理との関係を解明し、 信号としての生物フォトンの役割を確立する必要がある。その例として、塩害(NaClストレス)に注目し、生物フォトン発光との関係を図2に示した。
 こうして、この新しい手法による植物生態系の広域計測と予知計測への応用(図3)が可能になるものと考えられる。 例えば、フォトンから植物の健康状態を知り、それに様々な方法でリアルタイムの対処(図3)をすることが期待される。そのための基礎的な研究を行っている。

                          図2.塩ストレスに伴う発光


塩害による被害は、アフリカや中南米といった地域に限らず近隣の中国や我が国においてもみられ、 世界的に農作物の生産率を下げている主要因の一つである。塩害対策として現在、 品種改良や潅漑施設の完備といった手段が講じられているが事後処理的な対処法であり、生物フォトンにより作物の生理状態を逐一把握することが可能になれば、 より早い時期での対処が可能となり、環境保全や食物安定供給への貢献が期待される。

                          図3.生長フォトンを用いた生長制御システム