複雑工学部門


 構成メンバー

部門長 末岡 淳男(九州大学・工学研究院・教授)
近藤 孝広(九州大学・工学研究院・教授)
三池 秀敏(山口大学・工学部・教授)

 概要

 工学には数々の非線形現象、自己組織化現象が観測される。例えば、鉄道のレールや製鉄所の圧延システム、自動車のタイヤの摩耗など、非線形振動に伴った種々の模様やパターンが観測される。これらは現在のところ、むしろ取り除く努力を行っているが、そのためにはメカニズムを知らねばならない。しかし、その一方で、他の部門が目指すように、自己組織的に生まれるこれらのパターンを積極的に活用することによって、新しい応用が生まれるかもしれない。このような逆転の発想を視野に、そのメカニズム解明のアプローチが複雑工学である。これまでに本部門で得られた成果は、各種の機械システムに生まれる振動現象の解析を行い、その信頼性の向上や振動・回転に伴うシステム構成部品の摩耗、粘弾性変形、切削変形現象、形態変化などを解明してきた。さらに、これらの成果をベースに、非線形機械系の高信頼度解析法を開発し複雑な振動現象の解明や機械工学分野に発生する各種パターン形成の解明、あるいは複雑科学を応用した新奇なマシン開発、画像解析・評価法の開発などの工学応用を目指す。


 研究ハイライト

大学院工学研究院 知能機械システム部門   末岡 淳男 

 機械工学の分野で多く利用されている回転機械の中には,ロータの外周部と他の接触部とが一定の圧力の下で接触を保持しながら接触回転する系が多く見受けられる.抄紙機のゴム巻きロール,工作機械の研削・切削,自動車タイヤ,鉄道車輪とレール,製鉄機械の圧延ロールなど枚挙にいとまがない.このような接触回転系には,系自身の構成要素の変形を伴い,それが特定のパターンを形成し,自励的に成長する過程を経て大きな振動を引き起こし,機械の継続運転が不可能になったり,製品に特定のパターンが転写されて品質管理上,製品とならないという重大な問題がしばしば発生している.本部門は,この接触回転系にしばしば発生するパターン形成の発生メカニズムの解明とその対策を目的とする.
 日本機械学会機械力学・計測制御部門の研究会「パターン形成現象に関わるダイナミクス研究会」を結成して8年にわたってこの分野の研究を行ってきた.世界的に見てもこの分野の研究はほとんどされておらず,この部門の研究活動がそのまま世界的なパターン形成現象の研究につながっている.
 接触回転系で生じるパターン形成に対して,産業界では原因すら明らかにできない状態であり,積極的な対策は行われず,パターン形成されれば,部品の交換などで対処しているのが実状である.そこで,今までの研究で,このパターン形成の発生メカニズムが振動を伴う時間遅れ系であることを明らかにした.


図7 抄紙機ゴム巻きロール

図8 ワインダ

図9 タイヤの多角形摩耗

図10 ホットレベラロールの多角形摩耗

 今後の研究は,パターン形成が接触圧の高い高次の振動モードで発生することを考慮した防止対策を提案することである.いままでは,発生メカニズムは判明してもそれに対する有効な対策が見いだせなかった.ロールの回転数制御,一対ロールの直径の最適化および最適な場所にどれだけの減衰を添加すればよいかと言う現実的な問題を取り扱わねばならない.

 接触回転系におけるパターン形成現象の解明と対策に関する研究の科学研究費の取得状況は,1992-1993;一般研究(C)2000千円
1994-1995;一般研究(C)2100千円
1996-1997;基盤研究(B)(2)8300千円
1997-1998;基盤研究(B)展開(2)3300千円
1998-1999;基盤研究(B)(2)12500千円
1999-2000;基盤研究(C)(2)3600千円
2001-2002;基盤研究(B)(2)14000千円
2001-2002;基盤研究(C)(2)3500千円である.

その他,
新生資源協会(1998-1999);1600千円,
石川島播磨重工業委託研究(1998-1999);3000千円,
三菱重工業委託研究(1999);500千円
など,外部からの研究資金の導入も積極的に行って研究を継続している.パターン形成現象は産業界でも困難な問題と認識されている現実問題である.


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散逸構造の自己組織化理論による画像情報処理
(複雑系科学・非線形科学を基礎とする画像情報処理)

山口大学工学部 教授 三池秀敏

@従来の画像処理は線形処理と熱平衡的アプローチ
 従来の画像処理・解析は、線形演算を中心とするものがほとんどです。各種のディジタルフィルタリング、フーリエ変換(線形スペクトル推定)、エッジ検出、輪郭強調、さらには動画像処理の代表的な処理とも言える運動物体の見かけの速度ベクトル場(オプティカルフロー)検出、など多くの手法が線形的アプローチを基礎としています。非線形的な画像処理・信号処理としては、メディアンフィルタリング(中央値処理)や最大エントロピー法(MEM)によるスペクトル推定などが上げられますが、MEM自体は線形結合モデルである自己回帰モデルと同等で有ることが知られています。こうしたアプローチと同様の考え方は、シミュレーティッド・アニーリングや最急降下法など多くの情報処理手法に見られます。
 また、画像の認識・理解の分野では、人間の視覚の理解や機能実現を目指してデビット・マー以来新しい研究の流れが有ります。正則化理論として知られるこのアプローチは、認識対象とモデルとの誤差関数(ペナルティ関数)と滑らかさの拘束など画像に対する何らかの知識や拘束条件を課して、対象画像全体に対する評価関数が最小となるように、変分法などの数学的手法を用いて解析します。両眼立体視(ステレオ・マッチング)、エッジ検出、オプティカルフロー解析などが同一のスキームで解決されています。この考え方の基本は、自由エネルギー極小の考え方と同じですから熱平衡の統計力学的なアプローチです。

A非線形・非平衡の画像処理(自己組織化型)の提案
 一方、非線形方程式に支配される系の自己組織化パターン形成能力を利用した画像処理の研究例は非常に少ないのです。我々の研究グループでは、4年ほど前から二変数の反応拡散モデルを用いて、1)画像のエッジ検出、2)領域分割、3)ランダムドット・ステレオグラムの解析などを手がけてきました。活性化因子の拡散係数に比べて抑制因子の拡散係数が十分大きいという条件(Turing不安定化条件)下の自己組織化的パターン形成能力を画像処理に応用したものです。適用例(エッジ検出)を図12に示していますが、従来の線形的なアプローチに比べての優位性(エッジの明確さ等)が確認できます。


(a)元画像
(ランダムドット)
(b)反応拡散モデルによる
エッジ抽出
(c)Marrのモデルによる
エッジ抽出(従来法)

図12.反応拡散モデルの自己組織化能力を利用した画像処理の例

現在の研究レベルでの主な問題点は、
1) モデルに用いるパラメータの選択が画像処理結果に大きな影響を与える、
2) 対象となる画像処理に最適なパラメータの自動選択が出来ない(勘に頼っている)、
3) 画像処理の計算コストが大きい、
などです。1)、2)は同一の問題ですが、画像処理システムを構築していく中でシステムに学習能力や進化能力を与え、対象と処理目的に応じたノウハウを蓄積していくことで解決していく予定です。また、計算コストに関しては、反応拡散モデルを簡略化したオートマトンモデルを構築することや、画像処理に適した非線形特性の検討を進めています。

B新たな可能性を見つめて
 さらに、最近の非線形科学の成果である、カオスや確率共鳴を応用したアルゴリズムを開発することで新しい画像情報処理の分野が切開かれると考えています。開発された新しいアルゴリズムはシステム化することで特許化が可能と考えています。
 また、図13は人間の視覚特性の非線形性を解析し、コンピュータグラフィックス(CG)を用いて視覚印象を表現したものです。非線形科学の知見をベースにした視覚(脳)の理解は、新しいエンターティメント・テクノロジーを創生する可能性を秘めています。ディジタル印象カメラ開発や、新しいCG映像技術の提案として産業化できる可能性を追求しています。
 現状での研究資金の獲得状況は、反応拡散系の実験的研究と画像処理研究への応用に関連して、平成11-12年度(3,300千円)、平成13-14年度(3,200千円)文部科学省・科学研究費基盤研究(C)(三池代表)、及び平成9-10年度(1,800千円)、11-12年度(1,500千円)、13-14年度(1,600千円)文部科学賞・科学研究費奨励研究(A)(野村代表)を獲得しています。また、非線形科学をバーチャルキャラクタのコンピュータグラフィックアニメーションに応用した研究では、厚生省科学研究費(平成11年-13年:三池分担研究費6,600千円)を獲得しています。さらに、人間の視覚の非線形特性を解析するCG表現に関しては、平成14−15年度(2,900千円)文部科学賞・科学研究費若手研究(B)を獲得しています(長代表)。


(a)元画像

(b)平均的な大きさ知覚特性に従って変換した画像

図13.人間の非線形な視覚心理特性を解析し、視覚印象を表現したCG画像



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